デジタル大辞泉 「犠牲」の意味・読み・例文・類語
ぎ‐せい【犠牲】
2 ある目的のために損失となることをいとわず、大切なものをささげること。また、そのもの。「道義のために地位も財産も
3 災難などで、死んだり負傷したりすること。「戦争の
[類語](1)いけにえ・償い・代償・えじき・好餌・捨て石・身代わり・人身御供・スケープゴート/(2)ボランタリー・自発的・公共心・公徳心・犠牲的・サービス・献身・献身的・
宗教儀礼の分類の仕方には種々あるが,儀礼において,動物等の殺害ないし供物の破壊をともなう儀礼を,宗教学,文化人類学では一般に犠牲sacrificeと呼んでいる。もともとこの言葉はラテン語でsacer+facere,つまり〈聖なるものにする〉という意味を含み,日本語の生贄(いけにえ),供犠(くぎ)に該当する。ただその儀礼的な意味から考えると,たんなる〈供え〉とは異なるだけに,犠牲という語のほうが適切であると思われる。
ところで,このような動物等の儀礼的殺害をともなう儀礼は,世界の諸民族のあいだで少なからず認められ,その広範な分布のゆえに,犠牲儀礼としてまとめられ,その普遍的機能が従来から考察の対象となってきた。宗教儀礼には,なぜそれを行うか,またどういう機会に行わねばならないかについて明確な規定があるのが普通である。犠牲の儀礼においてもこの点は例外ではない。それはたとえば,年ごとの祭事暦に従って季節の変り目や民族的記念行事の際に行われるほか,個人の通過儀礼時,王位等の任職時,遠征開始時などにも行われるほか,罪やけがれ,そして病の祓(はら)いの際などにもとり行われる。また居住地や住居の空間的画定のために,その境界で動物を殺して血を流す儀礼が行われる例もある。羅列的に並べてみると,いかにもその目的には一貫性がないかにみえるが,いずれも状態変更や場所的移動あるいは時間的推移のなかでの状況変化の境において行われ,この点では,その境界状況で状態変更を確認する儀礼として,ファン・ヘネップやV.ターナーなどが一般化した通過儀礼の機能と重なる。
フランスの人類学者M.モースは犠牲の一般的パターンを次のように示した。儀礼とは,人と象徴的意味を与えられたものとが,定められた手順に従って,一定の場所で時系列にそって関係しあう,一連のできごとの連鎖とみることができる。そして犠牲儀礼の基本的4要素として,聖別された聖なる場(祭場),殺害される犠牲獣victim,儀礼的殺害をはじめとする儀礼の執行者(祭司的人物),そして犠牲獣を持参し,儀礼効果を希求する供犠者(一般的には参会者)をあげている。これら後3者が,聖なる祭場で,特定の手順でかかわりあうわけだが,(1)犠牲執行者,供犠者そして犠牲獣の聖別,(2)3者の聖なる場への入場,(3)供犠者の犠牲獣への接触,(4)犠牲執行者による犠牲獣の殺害と,その血の祭壇への塗布,(5)必ずしも常にとはいわないが,その肉の参会者による共食,(6)退場,という手順をもつとしている。そこには聖なる世界と俗なるわれわれの世界との一種のコミュニケーションがあり,その境界において犠牲獣の殺害が設定されているといってよい。
この犠牲儀礼の機能について,かつてR.スミスは,この犠牲獣をトーテム獣とみなし,その殺害を祖先神的トーテムの殺害と解した。この説は現在否定されているが,S.フロイトに影響を与え,心理的父親殺しの集団的表象と解された。M.モースは,従来からあった贈与としての犠牲獣という考えを批判し,彼岸と此岸との中間でおこる死ないし流血の表象に注目した。そして聖俗両界を媒介するこの表象を通じて,好ましい聖性の受容(祝福の受容),好ましくない聖性の放出(けがれ祓い)を象徴的に達成する儀礼だと解した。そのほかカタルシス的効果に注目する解釈もある。つまり祭壇でもっとも瀆神的な殺害がなされるわけで,その価値逆転的かつ不敬な行為が神聖であるべき場で象徴的に演じられる点に,この効果をみようとする。
これら犠牲の儀礼がいったいどんな機能をもつか,その解釈は研究者によってまちまちであり,どこに注目するかによって異なる解釈が生じている。多義的表象を組み合わせた儀礼は,それなりに多様な解釈を可能にする装置といってもよい。ただ,解釈の自由とは別に,犠牲の儀礼のあり方は,各民族により,子細に規定されており,それによってこの儀礼的殺害を,各民族がいかなるものとみていたかという理解の糸口となることがある。たとえばユダヤ教の犠牲儀礼において犠牲獣は,牛,山羊,羊のみから選ばれる。周辺のアッシリア等の人々は豚をも犠牲にしたのに,ここではそれは排除される。要は有血,草食の反芻・偶蹄類家畜のみが犠牲獣たりうるわけだが,実はこれらの家畜種は,彼らの牧畜民としての伝統的生活を支える主要家畜である。日常的食のために草食獣の生命を略奪することは,みずからをけがれた肉食獣の身におくことを意味する。ゆえに,それらとの同一視を避け,自己の人間としての位置を保証するために,血のもどし(贖罪)の儀礼として,犠牲の儀礼はまず理解されている。ただこのような犠牲の意味づけとは別の意味を,東南アジアやオセアニアでの儀礼的殺害はもっているようである。つまり殺害に罪の意識が付与されるより,そこに生命の解放を,そして獲得された自然の糧の祭宴的分配と解されることもある。
→儀礼
執筆者:谷 泰
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…そしてロバートソン・スミスと同様に彼も,儀礼には社会の統合を増す機能があると唱えた。 上記の2人が対象とした儀礼は,主として犠牲の祭儀であり,彼らの分析はその儀礼の内容のうち,殺す行為の意味と殺される獣の役割に向けられていた。一方,ハリソンJane H.Harrisonとファン・ヘネップの2人は,儀礼の形態と構造に関する研究において意義ある貢献をなした。…
…祭壇は供進された供物を媒介として神的存在と人との通路づけの場であり,両者をつなぐ儀礼的な聖なる空間を構成する。祭壇の原意についてみると,祭壇を意味するヘブライ語mizbēaḥでは〈犠牲の場所〉で,犠牲動物を屠殺し焼いたり,血をささげる壇か,供進して香をたく壇を意味する。古代アラビア人は自然石の祭壇のかたわらで犠牲動物をほふり,その血を祭壇の上ないし基底部に注ぎかけた。…
…それはこの事件が,高い西欧的教養を積んだ二人の文学者の内心に,近代文明と伝統的文化との関係についての深い反省をよび起こしたことを意味している。【尾藤 正英】
[犠牲としての殉死]
王侯の死に際して臣下がみずからの意志で死ぬという意味での殉死は広く見られる現象ではない。おそらくこうした自殺としての殉死が多少とも制度的に存立しうるとすれば,ごく特殊な歴史的・社会的条件下で孤立した現象として発生したものに限られるであろう。…
…それぞれの社会と同じような来世の存在を信じていた時代の風習で(来世観),古文献によると,生きながら埋められた場合もあった。人間に限らず犬や馬を葬ったものも殉葬というが,犠牲として区別すべきものもある。例えば殷代の武官村殷墓のように,墓壙の埋土中にあった頭骨だけの34個や,墓の南60~70mあたりにある大量の頭のない俯身葬人骨などがそれである。…
※「犠牲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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