[1] 〘名〙
[一] ある物事を主宰し、支配し、所有するなどして、その代表、あるいは中心となる人。
① 国や家など、ある社会、地域、集団などを治める首長。また、一般にある事柄を中心になってつかさどる人。君主。主人。あるじ。神名「天之御中主神」「大国主神」などに見られ、また、「あがたぬし(県主)」「みやぬし(宮主)」「かんぬし(神主)」などと複合して用いる。
※書紀(720)継体元年三月(寛文版訓)「神祇に主(ヌシ)乏(とも)しかる可(へ)からず。宇宙(あめのした)には君(きみ)無かる可からず」
② 主従関係における、主人、主君。しゅう。あるじ。また、従者から主を尊んでいう。
※万葉(8C後)五・八八二「吾(あ)が農斯(ヌシ)の御魂賜ひて春さらば奈良の都に召さげ給はね」
③ 男女関係における夫や情夫。また、女から自分の男を尊び親しんでいう。
※古今(905‐914)夏・一四三「ほととぎす初声聞けばあぢきなくぬし定まらぬ恋せらるはた〈素性〉」
④ 所有者。持ちぬし。「家主」「地主」などと複合しても用いる。
※古今(905‐914)秋上・二四一「ぬししらぬ香こそにほへれ秋の野にたがぬぎかけしふぢばかまぞも〈素性〉」
⑤ 動作、または動作の結果生じた物事の主体。また、事の当人。本人。「歌主」「拾い主」などと複合しても用いる。
※経信集(1097頃)「人の手本書かせ奉りけるを、ぬしはたれぞとありけるを、名のりもせで」
⑥ 山、川、池、家屋などにすみつき、劫(こう)を経た、なみはずれて大きい動物。その動物が霊力をもち、その場所を支配していると考えられる。また転じて、同じところに長年居住、勤務、または出入りしている人をたとえていう。「この学校の主」など。
※米沢本沙石集(1283)九「此の沼の主(ヌシ)に申す」
[二] 貴人を尊び親しんでいう語。殿(との)。君(きみ)。「…のぬし」の形で、人名などに添えて敬称としても用いる。
※土左(935頃)承平五年一月二〇日「これをみてぞ、なかまろのぬし」
[2] 〘代名〙
[一] 自称。わたし。
※虎明本狂言・唐相撲(室町末‐近世初)「わうはらたてて、ぬしがとらふといふ」
[二] 対称。
① 敬意をもって、相手をさす語。多く男に対して用いるが、時には女に対しても用いる。あなた。貴殿。お前さん。尊敬の度はさほど高くなく、同輩以下のものに対して用いることが多い。中世末期以後、尊敬の度は一段と低くなる。
※万葉(8C後)一八・四一三二「縦様(たたさ)にも彼にも横様(よこさ)も奴とそ吾(あ)れはありける奴之(ヌシ)の殿門に」
※宇津保(970‐999頃)吹上上「まことや、仲頼いと興ある事を承はりて、ぬしに聞えんとてなり」
② 女から、夫、恋人など特定の男をさして親愛の意をこめていう語。また、近世、遊里のことばとして、遊女から客をさしていう。
※浄瑠璃・心中天の網島(1720)中「先お茶一つと茶碗をしほに立寄って、ぬしの新地通ひも」
[3] 〘接尾〙 男の呼称のあとに付けて敬意を表わす語。まれに、女に対しても用いる。尊敬の度はさほど高くない。
※吾妻鏡‐治承四年(1180)九月七日「源氏木曾冠者義仲主者。帯刀先生義賢二男也」
※筆すさび〈樋口一葉〉明治二四年(1891)「片山照子ぬしは工学博士東熊君の室にて、同じ博士田辺朔郎ぬしが姉君なり」