国場村(読み)くくばむら

日本歴史地名大系 「国場村」の解説

国場村
くくばむら

[現在地名]那覇市国場こくば長田ながた一―二丁目・寄宮よりみや

与儀ゆーじ村・古波蔵くふあんぐわ村の東、北の識名しちな村に続く台地に位置し、丘陵中腹(小字国場原)集落が形成されていた。村の西部をほぼ南北真玉まだま(首里城守礼門に発し国場川に至る道)が通り、国場こくば川に真玉まだん橋が架かる。真和志まーじ間切所属。絵図郷村帳・琉球国高究帳の真和志間切に村名がみえ、高究帳では高頭一〇四石余、うち田七九石余・畠二五石余。一六世紀末、中国からの来住者渡嘉敷三良は国場村に居住し、真玉橋北詰の東(小字瓦屋原)に陶舎を造り、琉球において初めて瓦器を製造した(琉球国旧記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む