国場村
くくばむら
[現在地名]那覇市国場・長田一―二丁目・寄宮
与儀村・古波蔵村の東、北の識名村に続く台地に位置し、丘陵の中腹(小字国場原)に集落が形成されていた。村の西部をほぼ南北に真玉道(首里城守礼門に発し国場川に至る道)が通り、国場川に真玉橋が架かる。真和志間切所属。絵図郷村帳・琉球国高究帳の真和志間切に村名がみえ、高究帳では高頭一〇四石余、うち田七九石余・畠二五石余。一六世紀末、中国からの来住者渡嘉敷三良は国場村に居住し、真玉橋北詰の東(小字瓦屋原)に陶舎を造り、琉球において初めて瓦器を製造した(琉球国旧記)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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