園基隆(読み)その・もとたか

朝日日本歴史人物事典 「園基隆」の解説

園基隆

没年:応安7/文中3.5.7(1374.6.17)
生年正和3(1314)
鎌倉末・南北朝期の公卿。父は権中納言園基成。母は大納言藤原実教の娘。初名基宣。正中1(1324)年叙爵。右近衛少将から中将に進み,康永2/興国4(1343)年蔵人頭に補され,翌年参議となる。貞和4/正平3(1348)年これを辞す。延文4/正平14年権中納言に任じられ,翌年辞す。貞治6/正平22年正二位に昇る。蹴鞠に長じていた。和歌でも,足利義詮催行の「新玉津嶋社歌合」に加わっているのをはじめ,後光厳天皇の宮中仙洞の歌会に作者として連なり,勅撰集の新千載集,新拾遺集,新続古今集に入集している。

(相馬万里子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「園基隆」の解説

園基隆 その-もとたか

1314-1374 鎌倉-南北朝時代の公卿(くぎょう)。
正和(しょうわ)3年生まれ。右近衛(うこんえの)中将,蔵人頭(くろうどのとう),参議を歴任。延文4=正平(しょうへい)14年(1359)権(ごんの)中納言となる。正二位。蹴鞠(けまり)をよくした。応安7=文中3年5月7日死去。61歳。初名は基宣(もとのぶ)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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