日本歴史地名大系 「土丸城跡」の解説
土丸城跡
つちまるじようあと
[現在地名]泉佐野市土丸
土丸集落の南東、標高二八〇メートル余の
貞和三年(一三四七)一一月晦日、北朝方和泉守護細川顕氏が楠木正行の率いる南朝軍に敗戦を重ねるなかで、高師泰は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
土丸集落の南東、標高二八〇メートル余の
貞和三年(一三四七)一一月晦日、北朝方和泉守護細川顕氏が楠木正行の率いる南朝軍に敗戦を重ねるなかで、高師泰は
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