精選版 日本国語大辞典 「成合」の意味・読み・例文・類語 なり‐あい‥あひ【成合】 〘 名詞 〙 ( 「なりやい」とも )① できていてよく合うこと。完成していること。[初出の実例]「木綿四手(ゆふしで)の神心、龍神も心を一つに成り合ひの、松風も吹きよせよさす汐もよせよと」(出典:叢書本謡曲・浦島(1465頃))② ( 形動 ) なるがままであること。成り行きに任せること。そのままにしておいて手をつけないこと。また、そのさま。なりわい。[初出の実例]「朝にとく起て馬の沓を作りて、けふをなりあひに暮しぬ」(出典:浮世草子・武家義理物語(1688)一) なりわいなりわひ【成合】 〘 名詞 〙 ( 形動 ) ( 「なりあい(成合)」の変化した語 ) 成り行きにまかせるさま。成り行きまかせ。[初出の実例]「只正直にしてなりはひに一生を送らんは」(出典:浮世草子・本朝二十不孝(1686)三) 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例 Sponserd by
日本歴史地名大系 「成合」の解説 成合なりあい 石川県:加賀市篠原村成合現篠原(しのはら)町周辺の柴山(しばやま)潟と海岸に挟まれた付近にあったと考えられる源平の古戦場。寿永二年(一一八三)五月、越前燧(ひうち)城(現福井県今庄町)を失って敗走した北国武士たちは平維盛軍に篠原の守りも破られ、「佐見・白江・成合ノ池」を過ぎて安宅(あたか)渡・住吉(すみよし)浜(現小松市)まで退陣した(「源平盛衰記」巻二八)。倶利伽羅(くりから)峠の合戦後、敗走する平家軍を木曾義仲軍が追撃して「須河山・長並・一松・成合・篠原・安宅」などで合戦し(神皇正統録)、成合では両陣相乱れて白旗・赤旗交錯する激戦であったという(「源平盛衰記」巻二九)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by