土井隆雄(読み)どいたかお

日本大百科全書(ニッポニカ) 「土井隆雄」の意味・わかりやすい解説

土井隆雄
どいたかお
(1954― )

宇宙航空研究開発機構(JAXA(ジャクサ))に所属していた宇宙飛行士。東京都生まれ。1978年(昭和53)東京大学工学部航空学科卒業、1983年同大学大学院博士課程修了。1985年3月宇宙科学研究所(ISAS。2003年10月より宇宙開発事業団=NASDA(ナスダ)、航空宇宙技術研究所=NALと統合し、現在はJAXA)での研修を修了したのち、5~10月NASA(ナサ)(アメリカ航空宇宙局ルイス研究センター(現、グレン研究センター)研究員として勤務。この間の8月に、毛利衛(もうりまもる)、向井千秋(むかいちあき)とともにNASDAのペイロードスペシャリスト(搭乗科学技術者、PS)に選ばれる。同1985年11月NASDAに入社。1992年(平成4)の第一次材料実験(FMPT=ふわっと'92)ではバックアップPSとして、1994年の第二次国際微小重力実験室(IML-2)計画では共同研究者として、NASAマーシャル宇宙飛行センターで地上支援を行う。1995年NASAミッションスペシャリスト(搭乗運用技術者、MS)訓練コースに参加、翌1996年同コースを修了し、NASAおよびNASDAからMSに認定された。1997年11月、スペースシャトルコロンビア号」にMSとして搭乗し、スパルタン衛星(太陽コロナ観測衛星)の回収や、国際宇宙ステーションISS)の建設に必要となる機器の機能・性能の検証などを実施。日本人宇宙飛行士としては初の船外活動(EVA)を行った。2002年(平成14)10月には「ろ座」にある銀河NGC922、2007年2月にはおとめ座の銀河NGC4030に超新星を発見。2004年アメリカのライス大学大学院博士課程修了(天文物理学)。2008年3月、スペースシャトル「エンデバー号」に搭乗し、日本実験棟「きぼう」を国際宇宙ステーションに取り付ける最初の組立て作業を実施。2009年9月、国際連合宇宙部(ウィーン)宇宙応用課長に着任し、宇宙飛行士を引退した。2016年3月まで宇宙応用課長および国連宇宙応用専門官として活動。2016年4月、京都大学宇宙総合研究ユニット特定教授に就任、2020年(令和2)7月には同大学大学院総合生存学館の特定教授に就任した。

[山本将史 2022年4月19日]

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「土井隆雄」の解説

土井隆雄 どい-たかお

1954- 昭和後期-平成時代の宇宙飛行士。
昭和29年9月18日生まれ。アメリカ航空宇宙局(NASA)ルイス研究センター勤務をへて,宇宙飛行士にえらばれ,昭和60年宇宙開発事業団職員となる。平成7年ミッションスペシャリスト(MS)資格を取得。9年スペースシャトル「コロンビア」に搭乗し,日本人初の船外活動(宇宙遊泳)をおこなった。20年スペースシャトル「エンデバー」で2度目の宇宙にむかい,有人宇宙施設「きぼう」を国際宇宙ステーション(ISS)へとりつける作業をおこなった。超新星(SN2002gw,2007aa)の発見にたいして日本天文学会天体発見賞を2度うけている。東京出身。東大卒。

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