土佐村(読み)とさむら

日本歴史地名大系 「土佐村」の解説

土佐村
とさむら

[現在地名]邑久町本庄(ほんじよう)

現邑久町中央部のくびれた所に位置し、千町(せんちよう)平野の東端にあたる。北は西須恵(にしすえ)村(現長船町)、南は佐井田(さいだ)村に接する。田地のほとんどは低湿地で、独特のクリーク地帯を形成し、文化年間の「岡山藩領手鑑」にも沼船が三艘とある。そのため集落は山麓または丘陵平坦面上にある。「和気絹」によると、村名は「土佐塚」に由来するという。往古このあたりが海であった時、土佐国の者が遭難したのを手厚く葬り、それを「土佐塚」と言伝えてきたものが、いつの頃からか村名になったといわれる。


土佐村
とさむら

[現在地名]高取町大字下土佐

高取川上流に立地。北は観覚寺(かがくじ)村。文禄四年(一五九五)の検地の村高二六六石、検地奉行は石田正澄。寛永郷帳の村高二七三・四石。地方蔵方寺尾勤録によれば慶安元年(一六四八)に土佐村のうち〇・四八石、子嶋(こじま)村のうち二一・一一八石、その他(不詳)二・〇八五石を合わせて土佐町(とさまち)村が成立。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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