土器田横穴墓群(読み)どきだよこあなぼぐん

日本歴史地名大系 「土器田横穴墓群」の解説

土器田横穴墓群
どきだよこあなぼぐん

[現在地名]佐土原町下那珂

石崎いしざき川左岸、佐土原町市街地を眼下東方に望む丘陵南麓部に立地する。周辺に分布する広瀬城ひろせじようみね横穴墓群・岩穴いわあなさこ横穴墓群とともに広瀬村古墳と総称され、昭和一四年(一九三九)に県の史跡に指定されている。当横穴墓群は小規模な谷地を挟み東西二群に分れる。昭和五〇年を初めとする三次の調査によって七基が発掘調査されている。玄室は奥壁側がやや広い長方形プランで、妻入り寄棟造のものが多い。東支群(二基)では玄室・羨道・前庭部がよく残存していたが、西支群(五基)崩落などにより前庭部・羨道が消失したものが多く全体の形を把握しえない。須恵器土師器鉄鏃等とともに西四号墓からは馬具出土

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む