坂村健(読み)さかむらけん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「坂村健」の意味・わかりやすい解説

坂村健
さかむらけん
(1951― )

コンピュータ・アーキテクト、工学博士。東京都生まれ。1979年(昭和54)、慶応義塾大学大学院工学研究科博士課程を修了後、東京大学理学部情報科学科の助手となる。1987年東京大学理学部情報科学科助教授、1996年(平成8)同大学総合研究博物館教授、2000年同大学院情報学環・学際情報学府教授に就任した。1984年、TRON(トロン)プロジェクトを立ち上げ、プロジェクトリーダーとなる。TRONとは理想的なコンピュータ・アーキテクチャー設計思想)の構築を目的として坂村により提案された新しいコンピュータOS(基本ソフト)の仕様体系である。一部にはTRONをパソコンのための国産OSと誤解する向きもあったが、実際はもっと幅広くかつ総合的なアーキテクチャーである。TRONプロジェクトは当初より、身の回りの環境にコンピュータを組み込み、ネットワークで結んで人々の生活を助ける「どこでもコンピュータ」環境の構築を最終的な目標としていた。これはその後のユビキタス・コンピューティング(ユビキタスはラテン語で「遍在する」の意。コンピュータが生活のあらゆる場面に組み込まれて利用される情報システム・モデル)の思想を先取りするものとして高く評価される。しかも、プロジェクトが生み出す仕様に関し、自由な商業的利用を許可するオープン・アーキテクチャー(ソフトやシステムなどのプログラム内容を公開し、利用や開発を無償で許可する手法)を採用した先見性も注目に値する。これはLinuxの開発思想に通じるものである。

 TRONプロジェクトでは組込み用リアルタイムOSITRON)、パソコンやワークステーション用OS(BTRON)、通信制御や情報処理のためのOS(CTRON)など幅広いジャンル向けのOSを開発したが、ITRONは多くの携帯電話機や家電製品など電子機器に組み込まれ、組込みOSとしては2003年末時点で世界のトップ・シェアを占めていた。CTRONは国内電話交換機のほとんどに使用されている。だが、BTRONが普及しなかった背景には日米通商摩擦の影響があった。1987年に国内教育用コンピュータ標準化モデルとして、コンピュータ・メーカーの大半がBTRONベースのOSを採用することを決めたが、1989年に米国通商代表部がTRONを非関税障壁として取り上げた。このできごとによってBTRON採用は白紙に戻り、日本のメーカーはBTRONから撤退、日本のパソコンがアメリカのマイクロソフト社のOSに全面的に依存することになった。

 その後、ユビキタス・コンピューティング実用化の動きとともに、TRONプロジェクトがふたたび社会的注目を集めるようになった。2002年には「T-Engineフォーラム」を発足させ、会員は266団体(2012年1月)に達している。T-EngineとはTRONに基づくユビキタス・コンピューティングを実現するための標準開発用プラットフォームで、規格化されたT-Engineボード(基板)を活用すれば短期間、低コストでユビキタス・コンピューティング対応機器を開発できる。翌2003年にはマイクロソフト社もT-Engineフォーラムに参加し、ネット家電用OSでTRONと提携することを発表。坂村とTRONはユビキタス・コンピューティング社会が進展するうえで重要な役割を担う存在となっている。

 おもな著作には『21世紀日本の情報戦略2』(共著。1992)、『TRON DESIGN――1980―1999』(1999)、『情報文明の日本モデル』(2001)、『ユビキタス・コンピュータ革命』『痛快!コンピュータ学』(ともに2002)、『大人のための「情報」教科書』(共著。2003)などがある。IEEE(米国電気電子学会)フェロー。2001年市村学術賞特別賞、武田賞受賞。2003年紫綬褒章受章。2006年日本学士院賞受賞。

[吉村克己]

『「トロンプロジェクトの現状と展望」(竹内啓・松岡秀雄編『21世紀日本の情報戦略2』所収・1992・岩波書店)』『『TRON DESIGN――1980―1999』(1999・パーソナルメディア)』『『ユビキタス・コンピュータ革命――次世代社会の世界標準』(2002・角川書店)』『坂村健・清水謙多郎・越塚登著『大人のための「情報」教科書』(2003・数研出版)』『坂村健著『ユビキタス、TRONに出会う――「どこでもコンピュータ」の時代へ』(2004・NTT出版)』『坂村健著『グローバルスタンダードと国家戦略』(2005・NTT出版)』『坂村健編『ユビキタスでつくる情報社会基盤』(2006・東京大学出版会)』『『情報文明の日本モデル――TRONが拓く次世代IT戦略』(PHP新書)』『『痛快!コンピュータ学』(集英社文庫)』『『ユビキタスとは何か――情報・技術・人間』(岩波新書)』

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「坂村健」の解説

坂村健 さかむら-けん

1951- 昭和後期-平成時代の情報工学者。
昭和26年7月25日生まれ。59年新しいコンピュータ体系のトロン(TRON)構想を提唱し,その設計や仕様を無償で公開した。平成8年東大教授。14年産学官共同で発足させたYRPユビキタスネットワーク研究所所長。18年「高リアルタイム性能を有するコンピュータ体系の研究」で学士院賞。東京出身。慶大卒。著作に「電脳都市」「TRONからの発想」「ユビキタスとは何か―情報・技術・人間」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

ASCII.jpデジタル用語辞典 「坂村健」の解説

坂村健

日本発のコンピューターアーキテクチャー「TRON」の開発者。1951年東京生まれ。1979年慶応大学工学研究科博士課程を修了後、東京大学理学部情報科学科の助手になり、現在同大学大学院情報学環教授・工学博士。1984年TRONプロジェクトを発足、現在もディレクターとして活躍中。TRONは現在、ユビキタスコンピューティング環境を実現する重要な組み込みOSになっている。

出典 ASCII.jpデジタル用語辞典ASCII.jpデジタル用語辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の坂村健の言及

【オペレーティングシステム】より

…TRONトロン。東京大学の坂村健が提案した実時間OS核。仕様はCPU,OS,環境までをカバーする。…

※「坂村健」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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