コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

坊門院 ぼうもんいん

3件 の用語解説(坊門院の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

坊門院
ぼうもんいん

[生]治承1(1177).11.6. 京都
[没]承元4(1210).4.12. 京都
高倉天皇の皇女範子内親王。母は権中納言藤原成範の娘,小督局 (こごうのつぼね) 。前権中納言藤原光隆に養われ,治承2 (1178) 年内親王宣下があり賀茂斎院となったが,養和1 (81) 年高倉天皇の死によって斎院を退下,建久6 (95) 年准三宮,同9年土御門天皇即位により,天皇の准母として皇后と尊称された。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

坊門院 ぼうもんいん

1177-1210 平安後期-鎌倉時代,高倉天皇の皇女。
治承(じしょう)元年11月6日生まれ。母は藤原成範(なりのり)の娘。治承2年内親王,賀茂斎院となる。5年父の死により斎院をしりぞき,建久9年土御門(つちみかど)天皇の即位にともない准母として皇后待遇となる。建永元年院号をあたえられた。承元(じょうげん)4年4月12日死去。34歳。名は範子。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

坊門院

没年:承元4.4.12(1210.5.6)
生年:治承1.11(1177)
鎌倉時代前期の女院。名は範子。高倉天皇と藤原成範の娘小督との皇女。治承2(1178)年内親王宣下,賀茂斎院に卜定される。養和1(1181)年父院崩御により退下。建久9(1198)年土御門天皇即位によって,准母として皇后宮となる。建永1(1206)年院号宣下。

(櫻井陽子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

坊門院の関連キーワード安元治承京○京町円照(1)兼次(1)証空(2)大善仲資王記

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone