城崎町(読み)きのさきちよう

日本歴史地名大系 「城崎町」の解説

城崎町
きのさきちよう

面積:三一・一九平方キロ(境界未定)

但馬地方の北部、城崎郡の北部東端に位置し、北は豊岡市・竹野(たけの)町、東と南は豊岡市、西は竹野町に接する。豊岡盆地から流下してきた円山(まるやま)川が町の中央部を流れ、北部には内海状の楽々浦(ささうら)があって水郷の様相をみせ、左岸には平安時代から都に知られた城崎温泉がある。古代―近世を通じ城崎郡に属し、中世には田結(たい)郷・気比(けひ)庄・下鶴井(しもつるい)庄などに含まれた。江戸時代の村数は一〇で、前期・中期はほぼ豊岡藩領、後期は幕府領として推移。明治二二年(一八八九)の町村制施行により城崎郡湯島(ゆしま)村・内川(うちかわ)村が成立、同二八年湯島村は町制を施行、城崎町となる。同二九年城崎郡・気多(けた)郡・美含(みくみ)郡が合併して成立した新しい城崎郡に所属。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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