城竹窓(読み)じょう ちくそう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「城竹窓」の解説

城竹窓 じょう-ちくそう

1828-1900 江戸時代後期の儒者
文政11年生まれ。日向(ひゅうが)(宮崎県)高鍋(たかなべ)藩士。藩校明倫堂でまなび,のち江戸の古賀謹一郎師事。藩校教授,侍講となり,藩政に参加して家老,大参事を歴任した。明治33年9月24日死去。73歳。名は重淵。字(あざな)は子潜。通称は勇雄,勲。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「城竹窓」の解説

城 竹窓 (じょう ちくそう)

生年月日:1828年7月5日
江戸時代;明治時代の高鍋藩大参事
1900年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む