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堀内恒夫 ほりうちつねお

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知恵蔵miniの解説

堀内恒夫

プロ野球選手(投手)・監督・野球解説者。1948年1月16日、山梨県甲府市生まれ。甲府市立甲府商業高等学校を卒業した65年、ドラフト1位で読売ジャイアンツに入団。翌年には、16勝2敗、奪三振117、防御率1.39の成績を残し、最優秀防御率・最高勝率・沢村賞・新人王を獲得した。以降、78年まで13年連続の二桁勝利を挙げ、同球団の黄金時代を築いた。80年6月、200勝達成。83年、引退。18年間の現役通算成績は、203勝139敗、投球回3045、奪三振1865、防御率3.27。最高勝率3回(1966・1967・1972年)、沢村賞2回(1966・1972年)、ベストナイン2回(1972・1974年)、ゴールデングラブ賞7回(1972~1978年)。2003年には同球団の監督に就任したが、04年3位、05年5位と振るわず、05年退任した。08年、野球殿堂入りを果たす。10年4月、第22回参議院議員通常選挙自由民主党から出馬したが落選。13年7月31日、自民党参院議員の中村博彦が死去したことを受け、10年の参院選で自民党比例代表名簿次点だったため繰り上げ当選することとなった。

(2013-8-5)

出典|(株)朝日新聞出版発行
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デジタル大辞泉の解説

ほりうち‐つねお〔‐つねを〕【堀内恒夫】

[1948~ ]プロ野球選手・監督。山梨の生まれ。昭和40年(1965)巨人に入団。ルーキーで開幕から13連勝を含む16勝(2敗)をあげ、最優秀防御率・最高勝率・沢村賞・新人王を獲得。以後、13年連続2桁勝利を挙げ、巨人V9時代のエースとして活躍した。通算203勝。引退後は、同球団のコーチ・監督を務めた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

堀内恒夫 ほりうち-つねお

1948- 昭和時代後期のプロ野球選手,監督。
昭和23年1月16日生まれ。41年巨人に入団。投手。速球と大きなカーブで開幕以来13連勝,16勝で新人王。42年広島戦でノーヒットノーランと3本塁打離れ業を演じる。悪太郎とよばれ,巨人9連覇時代のエースとして活躍。実働18年,通算203勝139敗,防御率3.27。コーチ,野球解説者などをへて,平成15年巨人の監督となり,16,17年指揮をとる。20年野球殿堂入り。22年の参議院選で落選したが,25年中村博彦の死去にともない繰り上げ当選(自民党)。山梨県出身。甲府商卒。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

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