20世紀日本人名事典 「堀江正章」の解説 堀江 正章ホリエ マサアキ 明治〜昭和期の洋画家 生年安政5年1月29日(1858年) 没年昭和7(1932)年10月26日 出生地信濃国松本(長野県) 学歴〔年〕工部美術校卒 経歴明治11年上京し、工部美術学校でサン・ジョヴァンニに師事。16年同校廃校後同窓の曽山幸彦らと研究団体、美術会をおこし、また画学専門学校を開いたが1年で閉校した。のち曽山(大野)の私塾で教え、25年大野没後私塾を継承し大幸館と名づけ、和田英作、岡田三郎助、中沢弘光らを指導した。30年県立千葉中学校図画教師となり、晩年までつとめた。人物、肖像画を得意としたが、初期の遺作は少なく、その多くはサン・ジョバンニが帰国に際し持ち帰ったと伝えられる。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「堀江正章」の解説 堀江正章 ほりえ-まさあき 1858-1932 明治-昭和時代前期の洋画家,教育者。安政5年1月29日生まれ。工部美術学校にはいり,サン=ジョバンニに師事。曾山幸彦(そやま-さちひこ)の画塾でおしえ,明治25年曾山没後はその画塾を大幸館と命名,岡田三郎助,和田英作,中沢弘光らおおくの後進の指導にあたった。昭和7年10月26日死去。75歳。信濃(しなの)(長野県)出身。本姓は二木。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by