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和田英作 わだ えいさく

7件 の用語解説(和田英作の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

和田英作

洋画家。号は外面。鹿児島生。東美校卒、フランスに留学。三六年帰国し東美校の教授、校長となる。文展審査員。帝国美術院会員・帝室技芸員文化勲章受章。昭和34年(1959)歿、84才。

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デジタル大辞泉の解説

わだ‐えいさく【和田英作】

[1874~1959]洋画家。鹿児島の生まれ。白馬会の結成に参加。外光派的写実の画風により、官展で活躍。文化勲章受章。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

和田英作【わだえいさく】

洋画家。鹿児島県生れ。曾山幸彦黒田清輝らに学んだ後,1900年―1903年フランスに留学し,コランに師事した。帰国後東京美術学校教授となり,白馬会官展に作品を発表。
→関連項目外光派

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

和田英作 わだ-えいさく

1874-1959 明治-昭和時代の洋画家。
明治7年12月23日生まれ。曾山幸彦(そやま-さちひこ),原田直次郎,黒田清輝らにまなぶ。明治29年白馬会創立に参加。フランス留学から帰国後,母校東京美術学校(現東京芸大)の教授となり,のち同校校長。文展審査員,帝国美術院会員,帝室技芸員。昭和18年文化勲章。昭和34年1月3日死去。84歳。鹿児島県出身。作品に「渡頭の夕暮」など。

出典|講談社
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大辞林 第三版の解説

わだえいさく【和田英作】

1874~1959) 洋画家。鹿児島県生まれ。渡欧してフランスのコランに師事。帰国後、堅実な作風を示し、母校の東京美術学校長となる。官展の重鎮として活躍。代表作「渡頭の夕暮」

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

和田英作
わだえいさく

[生]1874.12.23. 鹿児島
[没]1959.1.3. 清水
洋画家。 1891年曾山幸彦,原田直次郎,のちに黒田清輝に師事。 95年第4回内国勧業博覧会に出品した『海辺の早春』が2等妙技賞を受賞し,世に認められた。 96年東京美術学校助教授に推されたが翌年辞職し,学生として同校に編入し5ヵ月後に卒業。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

和田英作
わだえいさく
(1874―1959)

洋画家。鹿児島県生まれ。幼時に一家上京し、曽山幸彦(そやまゆきひこ)、原田直次郎に師事したのち、1894年(明治27)黒田清輝(せいき)の天真道場に入り、外光派画風を学ぶ。翌年内国勧業博覧会に『海辺の早春』を出品、妙技二等賞を受ける。96年白馬(はくば)会の創立に参加、また東京美術学校助教授に任命されるが辞退し、同校西洋画科選科の第1回卒業生となる。1900~03年文部省留学生としてパリでラファエル・コランに学び、パリ万国博に出品、褒状を受けるほか、サロンに入選。帰国して母校教授、19年(大正8)帝国美術院会員となり、23年フランス政府より叙勲、32年(昭和7)東京美術学校校長、34年帝室技芸員となる。その間各種の勧業博覧会で受賞のほか、文展・帝展の審査員を務め、43年には文化勲章を受章した。代表作に『渡頭(ととう)の夕暮』『思郷』『こだま』など。[小倉忠夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の和田英作の言及

【印象主義】より

…この新風は,96年,東京美術学校に西洋画科が設けられて黒田がその主任となり,またそれまでの明治美術会に対して黒田を中心とする白馬会が結成されるに及んで大きな力となり,従来の旧派,脂(やに)派に対して,新派,紫派と呼ばれて,その後の日本洋画の中心的傾向となった。この傾向は,黒田の弟子の岡田三郎助,和田英作(1874‐1959),湯浅一郎(1868‐1931),中沢弘光(1874‐1964),藤島武二らに受け継がれ,青木繁も,一時印象派風の海浜風景を描いた。明治末年になると,南薫造(みなみくんぞう)(1883‐1950),有島生馬,山下新太郎(1881‐1966)らの新帰朝者たちによってさらに刺激が与えられ,明るい色彩,大きな筆触を特色とする印象派風の外光表現は,日本洋画の確固とした一つの流れとなった。…

【明治・大正時代美術】より

…また明治美術会を脱し,フランスの明るく自由な画家社会を理想とする新しい絵画団体白馬会を結成,主宰する。黒田は美術学校と白馬会に拠って,藤島,岡田をはじめ,和田英作(1874‐1959),湯浅一郎(1868‐1931),白滝幾之助(1873‐1959),長原孝太郎(止水。1864‐1930),中沢弘光(1874‐1964),北蓮蔵(きたれんぞう)(1876‐1949),小林万吾(1870‐1947)ら,明治後期の洋画壇を築いた多くの新人を育てた。…

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