増長寺(読み)ぞうちようじ

日本歴史地名大系 「増長寺」の解説

増長寺
ぞうちようじ

[現在地名]水沢市 寺小路

てら小路の北側にある。亀島山と号し、臨済宗妙心寺派。本尊聖観音。「塩竈村安永風土記」や「水沢町誌」によると、文治五年(一一八九)の奥州合戦後、陸奥留守職に任じられた伊沢家景(留守氏初代)松島まつしま(現宮城県宮城郡松島町)より見仏上人を招き、加瀬かせ亀島かめしま(現同郡利府町)に一寺を建立、亀島山加瀬寺と称し留守氏の菩提寺とした。四代家広のとき増長寺と改称。よって家広(増長寺殿)を増長寺開基とする。当初は天台宗であったが、応永一六年(一四〇九)京都妙心寺無因興文円恵を勧請開山として臨済宗に改めたという。天正一八年(一五九〇)豊臣秀吉によって留守家は改易となり、以後伊達家の家臣となって各地に転じたが、宗利のとき水沢に入城

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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