改訂新版 世界大百科事典 「壁画運動」の意味・わかりやすい解説
壁画運動 (へきがうんどう)
メキシコ革命(1911)後の新時代にふさわしい美術を創造し,革命の意義を壁画に描き,広く長く大衆の間に伝えようと考えたシケイロスやリベラやオロスコを中心にメキシコで興った美術運動elmovimiento muralismo。メキシコ革命を記念する壁画構想はすでに1910年代からあったが,その実現は22年,時の文部大臣J.バスコンセロスによって国立高等学校の壁面が提供されたときに始まる。この壁画運動の理論や画家の組織化で活躍したのが,22年に帰国し,革命的職業画家・彫刻家・版画家組合を結成(1923)したシケイロスであり,制作現場で指導的な役割を果たしたのがリベラである。
運動は,(1)インディオたちのもつ伝統的な美的感性の再評価,(2)従来の画家個人の表現の結果である作品と対極的な民衆の共同表現となる作品の創造,(3)すべての社会大衆が共有できる反ブルジョア的絵画様式の確立,(4)新技法と新素材を開発し革命後の社会にふさわしい新しい絵画制作の方法の探究,などをおもな目的とした。さらにラテン・アメリカはもちろん,ヨーロッパでもルネサンス期以後とだえていた壁画という分野の復活を企図し,メキシコ文化のアイデンティティとして,インディオの美的伝統を積極的に表現しようという自覚の上に反近代の視点と社会主義思想を表明した計画であった。
画面は子どもでも革命の意義や,そこに至るメキシコの歴史を理解できるよう,描法は平明かつ具象的で,物語的な構成をとる。しかし〈思想宣伝〉の道具として描かれたのみならず,オロスコの作品のように人間存在に対する普遍的な問いかけをもっているものも多い。技法としては乾式フレスコ画が多いが,ワックスや化学塗料を使ったもの,モザイクや岩石を用いたものまで多種多様である。支持材もセッコウからセメント,メタル板等いろいろと使われた。運動には北川民次も参加し,タマヨら壁画を試みている現代作家は多い。壁画運動は他のラテン・アメリカ諸国ではインディヘニスモ運動と結びついて普及した。50年代を過ぎるとメキシコ壁画は運動としての意義が希薄になり,装飾的作品という機能以上の存在とはなりえなくなった。一方,アメリカ合衆国では70年代からチカノ(メキシコ系アメリカ人)グループの間で,自分たちの文化的アイデンティティを表現する武器として,新しいタイプの壁画運動が興っている。
執筆者:加藤 薫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報