階級、社会的地位、職業、学歴などの社会的属性を超えた異質な不特定多数の人々から構成された集合体である。お互いは未知な関係で、間接的・非人格的関係からなる匿名的集団である。アメリカの社会学者ブルーマーHerbert George Blumer(1900―1987)は、大衆を、〔1〕構成員の異質性、〔2〕構成員の匿名性、〔3〕構成員相互の非交流性、〔4〕非組織性、の四つから定義づけている。
[川本 勝]
19世紀末から20世紀にかけて進行した産業化、都市化は、社会構造を変化させ、多数の労働者階層を生み出した。また、その過程で生じた中間集団の解体、官僚制組織の進展、選挙権の拡大と民主化の進展、教育の普及、マス・メディアの発達などにより、それまでの民主主義の担い手として理念化されていた公衆publicにかわって、大衆社会を支える大衆が登場したのである。
アメリカの社会学者C・W・ミルズは、公衆と大衆を次のように区別した。
公衆は、(1)意見の受け手とほとんど同程度に多数の意見の送り手がおり、(2)公衆に対して表明された意見に、効果的に反応を示す機会を保障する公的コミュニケーションが存在し、(3)そのような討論を通じて形成された意見が効果的な行動として実現される通路が容易にみいだされ、(4)制度化された権威が公衆に浸透しておらず、公衆としての行動に自律性が保たれている。
それに対して、大衆においては、(1)多数の人々は、単なる意見の受け手にすぎない、(2)支配的なコミュニケーションは、個人が迅速に、また効果的に反応することを困難にし、あるいは不可能にさえするような組織に置かれている、(3)意見や行動への実現は、種々の抵抗によって統制されている、(4)大衆は、制度化された権威からの自律性をまったくもっていない、とした。ミルズは、いかなる様式のコミュニケーションが支配的であるかによって公衆と大衆を区別し、大衆社会では、支配的なコミュニケーションの型は、制度化されたメディアであり、大衆は所与のマス・メディアの内容を受け取るだけの存在であるとした。
[川本 勝]
大衆社会状況の進展は、そうしたマス・メディア市場としての大衆を生み出したのである。大衆は、分散して存在し、マス・メディアによって間接的に結び付いている点では公衆に類似しているが、公衆が合理的判断を行う理性的存在であるのに対し、ルーズな組織体で、実質的・合理的思考や判断を喪失した、非合理的、情動的な点で、群集crowdと類似している。「巨大な群集」「新しい群集」ということができる。新しい群集としての大衆は、伝統的な文化や規範から解放され、共通の目標、信念、価値をもたない、原子化されたばらばらの人々からなる集合体として特徴づけられたのである。したがって、仲間意識、一体感などの心理的紐帯(ちゅうたい)を欠くため、社会心理的には情緒的不安をもち、支配されやすいという特質が指摘できる。また大衆は、政治の主体から客体に転化し、エリートに支配される非エリートとして位置づけられ、さらには、巨大な経済機構や官僚制化のなかで非人格化、画一化され、消費生活や余暇生活の場でも同質化された存在となる。こうして大衆は、権力、組織機構、さらには人間から疎外され、不安感、孤独感をもつ無気力な「孤独な群集」としてとらえられる。
[川本 勝]
このように、大衆はマイナスのイメージで意味づけられることが多く、その典型がファシズムの理論である。そこでは、大衆は愚民とほぼ同義とし、先天的に決定能力や統制力を欠き、非合理的、情動的な存在であって、支配される階級で、パンと娯楽以外の何ものも望むものではない無価値な存在とされた。それに対して、大衆をプラスのシンボルとしてとらえるのがマルクス主義理論である。マルクス主義理論では、大衆は、歴史を創造する主体者としての人民とほぼ同義に意味づけられ、労働を通して社会を発展させる働く人々の大多数からなる生産的大衆と位置づけられるのである。そして、大衆は、支配階級の圧力に抵抗して自らの利益を守るために自律的組織に結集する「組織的大衆」になり、運動に指導されると「革命的大衆」に転化するものとしてとらえられるのである。
[川本 勝]
どちらかといえば灰色に描かれた大衆は、現代社会では知的大衆へと変化してきた。社会変動、普通選挙の確立と議会制政治制度の平等化、エリートの変容、所得格差の縮小、生活様式の均等化、高等教育の普及、マス・メディアの発達と多様化など、さまざまな社会的状況が変化するなかで、大衆を、没個性的で受動的な操作の対象としてのみとらえることができなくなったのである。現代社会における大衆は、類似性、同質性を示す一方、批判能力を備え、個々の判断に基づいて反応する個別性を強めてきたといえる。大衆は、政治、経済、社会のあらゆる領域においてパワーを発揮するのである。
[川本 勝]
『C・W・ミルズ著、鵜飼信成・綿貫譲治訳『パワー・エリート』(1958・東京大学出版会)』▽『D・リースマン著、加藤秀俊訳『孤独な群衆』(1964・みすず書房)』▽『高橋徹著『大衆とは何か』(『岩波講座 現代思想Ⅱ 人間の問題』所収・1956・岩波書店)』▽『K・マンハイム著、福武直訳『変革期における人間と社会』(1962・みすず書房)』
社会や集団のメンバーのうち,指導者やエリートを除いた残りの多数の人びと。したがって,いつの時代のどんな社会,どんな集団にも大衆はいる。仏教用語では,多数の僧侶,多数の僧兵,すべての人間,すべての生物を意味している(読みは,だいしゅ,だいす,たいしゅう)。大衆という概念は,一方では〈人民people〉という概念と同一のものとされ,他方では〈愚民foule〉というマイナス・シンボルと同一視される。
マルクス主義において大衆とは,価値の創造者,歴史の主体的存在としてみなされ,社会主義革命の担い手となる労働者,農民を意味する。しかし,大衆は組織や集団意識をもたず,つねに動揺と分裂の危険がともなっているため,これに統一と方向性を示すために,前衛党による指導が必要とされる。したがって,大衆とは,歴史における創造的価値を実現する存在として認められながらも,現実には,受動的・非合理的な存在としてあるといわなければならない。
また,大衆の概念は,群集から公衆へ,さらに大衆へ,という連関でも考えられる。コミュニケーションの発展形態で分けると,会話や演説などのパーソナル・コミュニケーションで結ばれている集団が〈群集〉で,手動印刷機で印刷されたせいぜい数万部程度の新聞やパンフレット類の読者が〈公衆〉,そして現代のマスコミの受け手が〈大衆〉である。群集についての理論家としてル・ボンを,公衆についてはJ.G.タルドの名を挙げるとするなら,大衆のそれはオルテガ・イ・ガセットであろう。オルテガは,その代表作《大衆の反逆》(1930)で,共産主義とファシズムの政権奪取を眼前にしながら,大衆支配の時代の到来を説き,その危険性と可能性を鋭く指摘した。彼の思想の根底には,貴族主義,大衆蔑視の傾向があるが,19世紀に発展した資本主義経済と共和政治によって大衆の水準が飛躍的に向上し,その結果,過去数千年間支配されつづけてきた大衆が,エリート層に反逆し,時代の主役に躍り出ることを見抜いていた。社会学者マンハイムの《変革期における人間と社会》(1935)も,《大衆の反逆》とほぼ同時期に刊行された大衆論の古典である。なお大衆の特性は,エリートとの対比で決まる。エリートが洗練,高級とみなされれば,大衆は粗野,低級になる(大衆芸能,大衆小説,大衆酒場,大衆迎合など)。逆にエリートに高慢,浮薄,腐敗などの劣性を付与すれば,大衆は質朴,堅実,健康な存在として期待されることになる。
執筆者:稲葉 三千男
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衆僧・衆徒(しゅと)とも。一山一寺の僧侶の総称。とくに平安時代以降,南都北嶺の諸大寺に所属する僧侶集団をさし,法体(ほったい)の武力集団,僧兵も意味した。大衆僉議(せんぎ)とよばれる集団討議をへて,大挙して発向し強訴(ごうそ)に及んだ。強訴に際し延暦寺は日吉(ひえ)社神輿を,興福寺は春日社神木を押したてた。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…平安時代以後,南都北嶺などの諸大寺に止宿して,論義法談の慧学や修法観法に専心した僧侶の総称。〈大衆〉のみの場合は〈だいしゅ〉とよむ。諸堂の管理や供華点灯などの雑用に従事した行人(ぎようにん)の上位にあって,行人とともに寺院大衆集団を構成した。…
…ある社会で生産され提供される社会的機会・財貨・サービス・情報(精神的な富)を,その社会を構成する大衆がひろく享受する全状況をいう。つまり精神的な富の生産・流通・享受の過程と,その過程が社会および個人に対してもつ意義を含んでいる。…
…非計画的な,組織をもたない自然発生的な集団的暴力行使で,初期的段階の内乱の一形態ともなる。暴動は,支配される側の大衆が,さまざまな不満を正規の政治システムを通じて解消できないとき,事前の計画も明確なリーダーシップもほとんどないまま,暴発的に行う暴力の行使である。歴史上,暴動の例は枚挙にいとまがないが,古代ギリシア・ローマの奴隷の反乱,中世ヨーロッパの農民一揆や日本の百姓一揆の多くや米騒動などがその例である。…
※「大衆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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