壬生本郷(読み)みぶほんごう

日本歴史地名大系 「壬生本郷」の解説

壬生本郷
みぶほんごう

[現在地名]壬生町壬生など

おもい(小倉川)左岸に立地し、東部くろ川が南流、南部で両川が合流する。慶長七年(一六〇二)日根野吉明が一万九〇〇石で当地に入封。村域内に壬生城城下町が建設され、壬生通壬生宿が設置されると壬生町は宿場町としても発展する。しかし壬生町の支配は名主・年寄らの村方役人によって行われ、村として位置付けられていた。北西下稲葉しもいなば村、北に福和田ふくわだ村、東に黒川を隔てて藤井ふじい村がある。古くは上の原うえのはらと称したといい、壬生城下おもて町の上ノ原観音堂、上原山豊栖ほうせい院にその名残を伝える。慶安郷帳(東野地誌本)に壬生本村とあり、高二千一二一石余のうち田六一石余・畑二千六〇石余であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む