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多治比池守 たじひのいけもり

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

多治比池守
たじひのいけもり

[生]?
[没]天平2(730).9.8.
奈良時代の公卿。左大臣嶋 (多治比嶋) の第1子。民部卿,大宰帥,中納言などを歴任し,大納言,従二位にいたる。天平1 (729) 年の長屋王の変に際しては,王の尋問にあたっている。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

多治比池守 たじひの-いけもり

?-730 奈良時代の公卿(くぎょう)。
多治比島の子。造平城京司長官,大宰帥(だざいのそち)などをへて大納言となり神亀(じんき)4年(727)従二位にすすむ。6年の長屋王の変では長屋王の窮問使をつとめた。天平(てんぴょう)2年9月8日死去。氏は丹比ともかく。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

多治比池守

没年:天平2.9.8(730.10.23)
生年:生年不詳
8世紀前半の公卿。丹比池守とも書く。嶋の第1子。持統7(693)年,直広肆(従五位下相当)を授けられ,貴族官人としての経歴が始まった。和銅1(708)年造平城宮司長官,次いで左京大夫となり,平城宮の造営,平城京の整備に従事した。霊亀1(715)年大宰帥に就任し,その善政を褒められて賜物に与っている。その後,中納言,大納言として政治の中枢に参与し,神亀4(727)年百官を率いて聖武天皇と光明子との間に生まれた皇太子に拝謁した。長屋王の変(729)の際には長屋王の窮問に当たっており,藤原氏寄りの立場をとっていたかと思われる。

(森公章)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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