日本歴史地名大系 「多良越」の解説 多良越たらごえ 長崎県:総論多良越江戸時代からの峠道。多良海道・はまみちともいう。肥前国の筑後境から長崎市中の札(ふだ)ノ辻(つじ)に至る大道、つまり長崎路筋のうちで、慶安二年(一六四九)の肥前国道法帳に記される「北多良村より里湯江村迄三里拾弐町」の区間の山道をいう。「此間坂、内二町程難所」とされるが(同帳)、この浜通りの道筋は肥前佐賀藩領内では大道筋の本道であったとみられ、長崎警衛の往来に用いられ、湯江(ゆえ)(現高来町)から三里で諫早(いさはや)、それより七里で長崎に至るが、多良越の中途の水茶屋に至るまで非常時の備蓄を領内の諸村に命じている。「崎陽群談」でも長崎から九州中部以南の城下に向かう陸路は浜通りをあげるが、多良越が難所で、有明海の舟運を用いることもできたので、旅人の多くは敬遠したらしい。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by