コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大久保忠礼 おおくぼ ただのり

2件 の用語解説(大久保忠礼の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大久保忠礼 おおくぼ-ただのり

1842*-1897 幕末-明治時代の大名,華族。
天保(てんぽう)12年12月2日生まれ。讃岐(さぬき)高松藩主松平頼恕(よりひろ)の子。徳川慶喜(よしのぶ)の従弟。大久保忠愨(ただなお)の養子。安政6年相模(さがみ)(神奈川県)小田原藩主大久保家第2次9代。奏者番,甲府城代をつとめた。新政府軍の軍監ら十数名殺害の罪で永蟄居(えいちっきょ)となり,3万8000石減で養子忠良に家督をゆずった。赦免後,再相続して子爵。明治30年8月10日死去。57歳。名は「ただあや」ともよむ。

大久保忠礼 おおくぼ-ただあや

おおくぼ-ただのり

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の大久保忠礼の言及

【小田原藩】より

…相模国(神奈川県)足柄下郡小田原に藩庁を置いた譜代中藩。1590年(天正18)大久保忠世が小田原4万石を領したのに始まり,忠世,忠隣(ただちか)の2代に検地の実施,酒匂(さかわ)川大口堤の修築,酒匂堰の開削等に意を注いだが,1614年(慶長19)忠隣改易によって城は番城,領地は幕府代官が預かった。その後阿部正次が一時在城した後,32年(寛永9)老中稲葉正勝が下野国真岡より移封(8万5000石),その子正則が老中のかたわら藩領経営に全力をあげ,小田原藩政の基礎を築いた(10万3000石,後11万3000石)。…

※「大久保忠礼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大久保忠礼の関連キーワード小倉青於鈴木大菫庵愛海千羽理芳高林二峰日尾直子細川行真堀田正頌良然高木珴暁

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone