大保木山村(読み)おおふきやまむら

日本歴史地名大系 「大保木山村」の解説

大保木山村
おおふきやまむら

[現在地名]西条市大保木・黒瀬(くろせ)・中奥(なかおく)・西之川(にしのかわ)・東(ひがし)ノ川(かわ)

石鎚(いしづち)山・瓶(かめ)ヶ森(もり)を連ねる高峻な石鎚山脈に発して北流する加茂(かも)川渓谷の東西両岸の山腹に沿って、北から黒瀬山(くろせやま)・大保木山(おおふきやま)・中奥山(なかおくやま)・西之川山(にしのかわやま)・東之川山(ひがしのかわやま)の五ヵ村があり、これらを総称して大保木山村または西五(にしご)ヶ山(やま)という。西部は現周桑(しゆうそう)郡に、南部は現上浮穴(かみうけな)郡・高知県土佐郡に、東部は東三(ひがしさん)ヶ山(やま)地区に隣接する。大保木山の名は、崖を意味する「ほき」から起こったという。なお狭域の大保木山をさす場合は、ふつう「前大保木山」という。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の新居(にい)郡の項に「高百拾七石七斗 畠方 大保木山村 雑木山有、川有」とある。西条藩領。

五ヶ山全域は深山幽谷で、鳥獣を追う猟師、材木・薪炭を作る樵夫、段々の切畑に粟・稗・芋・豆類を作る百姓が少数、山間に散在する小集落で生活していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報