大光寺城跡(読み)だいこうじじようあと

日本歴史地名大系 「大光寺城跡」の解説

大光寺城跡
だいこうじじようあと

[現在地名]平賀町大光寺

大光寺を拠点として津軽に覇をとなえた豪族は多く、その年代も長期にわたるので、大光寺城跡もそれぞれの支配者により築造され、現在三ヵ所が確認される。一般に大光寺城跡と称されるものは集落のすぐ東にあり、大光寺新だいこうじしん城跡といわれる。大光寺古館跡は集落北端にある。集落北西約二キロ、引座ひきざ川・六羽ろつぱ川・五郷ごごう川に囲まれて五日市いつかいち館跡がある。この三館跡の館主・時代等は判然としないので、一括して大光寺城跡として記述する。「津軽諸城の研究」によれば、大光寺新城は南部氏、滝本重行、津軽建広居城で、大光寺古館は曾我氏関係、五日市館は安東氏関係の城跡であるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む