大垪和西村(読み)おおはがにしむら

日本歴史地名大系 「大垪和西村」の解説

大垪和西村
おおはがにしむら

[現在地名]中央町大垪和西

二上(ふたかみ)山の南西麓にあり、南西は和田北(わだきた)村。もと大垪和村で、延宝四年(一六七六)東村・西村に分村した(作陽誌)。正保郷帳に大垪和村とあり、田方四九四石余・畑方三八六石余。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳では垪和村で、改出高二二五石余・開高八三石余。同年の美作国郷村帳では大垪和西として高六〇九石余。「作陽誌」の戸口は七六軒・三九一人。領主の変遷は和田北村と同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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