大堰神社(読み)おおぜきじんじや

日本歴史地名大系 「大堰神社」の解説

大堰神社
おおぜきじんじや

[現在地名]大刀洗町富多

小石原(こいしわら)川右岸の東屋敷(ひがしやしき)に鎮座。通称は水天宮さん。旧郷社。祭神は菅原神・罔象女神・草野又六・高山六右衛門・秋山新左衛門・鹿毛甚右衛門・中垣清右衛門・丸林善左衛門。「寛延記」によれば、下川(げかわ)村天満宮は寿永年中(一一八二―八四)の勧請という。同所に罔象女神を祭神とする無格社水神社が祀られていた。正徳年間(一七一一―一六)の床島(とこしま)堰築造に功績があった久留米藩普請惣才判草野又六や鏡(かがみ)村(現北野町)庄屋高山六右衛門ら五庄屋に対し、堰の恩恵に浴する村民らが謝恩の祭典を露天で営んできた。


大堰神社
おおひじんじや

[現在地名]加賀市山代温泉

山代温泉(やましろおんせん)の集落南西、大聖寺(だいしようじ)川河畔の字上(かみ)に鎮座。祭神は大堰神。「三代実録」貞観一八年(八七六)七月二〇日条にみえる「山代大堰神」に比定され、同神はこのとき正六位から従五位下に進階している。「江沼志稿」に山代村の神社として大堰宮が記され、畑名にも「大堰宮」をあげる。社名はおそらく大聖寺川の水を取入れる堰の存在によるものであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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