大応寺(読み)だいおうじ

日本歴史地名大系 「大応寺」の解説

大応寺
だいおうじ

[現在地名]上京区扇町

臨済宗相国寺派。山号は金剛山、本尊釈迦如来。正保二年(一六四五)悲田ひでん院が泉涌せんにゆう(現京都市東山区)内に移転した跡地に建立された。開山興聖こうしよう(現上京区)の虚応。当初は比叡山延暦寺に属し、天台・真言・禅の兼学で、仏殿に大応寺という隠元の横額がかかっていた(山州名跡志)。天明八年(一七八八)大火で類焼したが(翁草)、再建された。境内の織部稲荷社は武将で茶人の古田織部祭祀したと伝えるが(坊目誌)、織部は織部司のことであると考え、西陣織物との関連でとらえる説もある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む