20世紀日本人名事典 「大橋治房」の解説 大橋 治房オオハシ ハルフサ 昭和期の労働運動家 大阪府会議長。 生年明治29(1896)年7月9日 没年昭和51(1976)年6月17日 出生地大阪府東成郡榎本村放出(現・鶴見区) 学歴〔年〕早稲田大学政経科〔大正12年〕卒 経歴早大時代から労働運動に入り、大正15年労働農民党に参加し、のちに共産党に入る。その後多くの労働運動を指導したが、昭和7年社会自由党を結成、ついで大日本国家社会党に移って、12年大阪府議となる。その後大日本青年党などに入り、戦後は大阪府議として議長などもつとめ、自民党に所属した。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大橋治房」の解説 大橋治房 おおはし-はるふさ 1896-1976 昭和時代の政治家。明治29年7月9日生まれ。大橋房太郎の次男。大阪地方労農協議会議長などをへて,昭和12年大阪府会議員となり,31年議長。天ケ瀬(あまがせ)ダム(京都府)の建設,第二寝屋川の開削など,淀川水系や大和川水系の治水事業を推進した。昭和51年6月17日死去。79歳。大阪出身。早大卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by