日本歴史地名大系 「大田神社」の解説 大田神社おおたじんじや 京都市:北区上賀茂村大田神社[現在地名]北区上賀茂本山大田山の麓に鎮座する、上賀茂神社の境外末社の一つ。「延喜式」神名帳に載る愛宕(おたぎ)郡「太田(オホタノ)神社」に比定される。祭神は天鈿女(あめのうずめ)命とも猿田彦(さるたひこ)命ともいう。猿田彦命は大田命とも称し、社名はこれにちなむ。もとこの地域の地主神で、上賀茂神社の末社のなかでも、片山(かたやま)神社・貴布禰(きぶね)神社・新宮(しんぐう)神社・若宮神社・奈良神社・賀茂山口(かもやまぐち)神社・氏神(うじがみ)神社と並び、とくに八末社の一として崇敬をうけた。「賀茂注進雑記」によれば近世前期の神殿は表八尺六寸五分・脇七尺、拝殿は表一間半・脇二間であった。 大田神社おおたじんじや 滋賀県:高島郡新旭町太田村大田神社[現在地名]新旭町太田太田(おおた)集落の中央にあり、祭神は大年(おおとし)神・菅原道真。旧村社。「延喜式」神名帳の高島(たかしま)郡「大田神社」に比定する説がある。延暦(七八二―八〇六)の頃、大伴大田宿禰の子孫がこの地に移住、祖先の名を地名とし、弘仁元年(八一〇)大伴氏の祖神天押日命を祀ったのが始まりと伝える。文永六年(一二六九)の本殿改築時の祭神は六所大明神という。応永三一年(一四二四)沙門明了が菅原道真を勧請したとされる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報