日本歴史地名大系 「大義寺」の解説
大義寺
だいぎじ
[現在地名]河原町佐貫
境内には戦国期の武将武田高信の墓がある。武田氏は若狭武田氏の庶流といわれるが不詳。「蔭涼軒日録」延徳三年(一四九一)一一月六日条にみえる因幡守護山名豊時の使者武田左衛門大夫は武田高信の祖、あるいはその一族とみられ、当時因幡山名氏の家臣であったと考えられる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
境内には戦国期の武将武田高信の墓がある。武田氏は若狭武田氏の庶流といわれるが不詳。「蔭涼軒日録」延徳三年(一四九一)一一月六日条にみえる因幡守護山名豊時の使者武田左衛門大夫は武田高信の祖、あるいはその一族とみられ、当時因幡山名氏の家臣であったと考えられる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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