大萱新田(読み)おおがやしんでん

日本歴史地名大系 「大萱新田」の解説

大萱新田
おおがやしんでん

[現在地名]大津市月輪つきのわ一―三丁目・大将軍だいしようぐん二―三丁目・一里山いちりやま三丁目・同五丁目・瀬田月輪町せたつきのわちよう

大萱村東部の原野開墾して生れた新田。京都金座・銀座の役人長野宗兵衛・長野治右衛門・清水平兵衛・長野助右衛門・清水与兵衛・辻吉兵衛の六名は、延宝元年(一六七三)膳所藩に対し新田開発出願。翌年開発許可が出、同三年には溜池を構築し開墾を始め、三五町三反余を田畑とし、同四年藩から三ヵ条の定書を下された。内容は延宝三―五年の三年間は年貢を免除し、六年からは一石あたり三斗三升と年貢を定める、入村した百姓は諸役免除、下草は大萱村並みに共有林で刈取ることを認めるというものである(長野文書など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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