大蔵小路(読み)おぐらこうじ

日本歴史地名大系 「大蔵小路」の解説

大蔵小路
おぐらこうじ

[現在地名]小浜市白鬚(しらひげ)

塩浜(しおはま)小路の南西にある町。天正末期頃と思われる三月二〇日付小浜町宿老宛浅野長吉書状(長井家文書)に「長井伊賀方へ古城やしきにて七間口遣之候、唯今家相越候之由ニ候、早々可渡候也」とみえる長井家は当町にあり、また町内の能瀬(のせ)小路の名称は、室町期にあった武田氏被官能瀬氏の屋敷によるという(拾椎雑話)。室町末期まで武家屋敷が混在したことを示し、慶長一二年(一六〇七)京極氏の町割によって町屋のみとなった。


大蔵小路
おおくらこうじ

[現在地名]鶴岡市日吉町(ひよしまち)・宝町(たからまち)

六軒小路(ろつけんこうじ)の東にある南北の町並。北は中道(なかみち)、南は御持筒(おもちつつ)町。大内蔵小路とも記され、地名は北方東側に下山王社(現日枝神社)の社人富樫大蔵の屋敷があったことにちなむ。下大宝寺(しもだいほうじ)村の一部で、家中屋敷と百姓屋敷が混在していた。酒田街道への出口にあたる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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