大道寺隼人(読み)だいどうじ はやと

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大道寺隼人」の解説

大道寺隼人 だいどうじ-はやと

1552-1642 織豊-江戸時代前期の武士
天文(てんぶん)21年生まれ。上野(こうずけ)(群馬県)松井田城主の大道寺政繁養子となり,のち徳川義直につかえる。慶長19年陸奥(むつ)高岡藩(青森県)2代藩主津軽信枚(のぶひら)にめしかかえられ家老となる。寛永11年3代藩主信義をまきこんだ家臣間の不和(船橋騒動)の収拾につとめた。寛永19年8月22日死去。91歳。名は繁央,直英。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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