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大道寺隼人 だいどうじ はやと

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大道寺隼人 だいどうじ-はやと

1552-1642 織豊-江戸時代前期の武士。
天文(てんぶん)21年生まれ。上野(こうずけ)(群馬県)松井田城主の大道寺政繁の養子となり,のち徳川義直につかえる。慶長19年陸奥(むつ)高岡藩(青森県)2代藩主津軽信枚(のぶひら)にめしかかえられ家老となる。寛永11年3代藩主信義をまきこんだ家臣間の不和(船橋騒動)の収拾につとめた。寛永19年8月22日死去。91歳。名は繁央,直英。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

大道寺隼人

没年:寛永19.8.23(1642.9.17)
生年:天文21(1552)
江戸初期の弘前藩(青森県)家老。直英。父は舎人忠経,のち大道寺政繁の養子となる。天正18(1590)年,後北条氏が滅んで大道寺氏は浪人となり,一時徳川義直に仕えてのち,慶長19(1614)年弘前藩2代藩主津軽信枚に仕えた。元和2(1616)年500石を拝領,亀ケ岡築城の縄張りを命じられ,9年には藩主に随行して上洛した。寛永11(1634)年の家中騒動舟橋事件では収拾に奔走し,その功により1000石を拝領し家老となった。弘前で死去。弘前藩の初期藩政に大きな影響を与えた人物であり,初代隼人以後,藩内で家老を務める人材を輩出し,また隼人を称した子孫も多く,3代後の隼人繁清は4代藩主津軽信政を補佐した家老として有名。<参考文献>『津軽藩旧記伝類』

(長谷川成一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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