奥平昌敦(読み)おくだいら まさあつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「奥平昌敦」の解説

奥平昌敦 おくだいら-まさあつ

1724-1758 江戸時代中期の大名
享保(きょうほう)9年4月12日生まれ。奥平昌成(まさしげ)の次男。延享3年豊前(ぶぜん)中津藩(大分県)藩主奥平家2代となる。三役所(町奉行,郡奉行,目付)・運上役所の設置,倹約令発布,藩札発行などの藩政改革をおこなった。宝暦8年9月26日死去。35歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「奥平昌敦」の解説

奥平昌敦 (おくだいらまさあつ)

生年月日:1724年4月12日
江戸時代中期の大名
1758年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む