奥貫友山(読み)おくぬき ゆうざん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「奥貫友山」の解説

奥貫友山 おくぬき-ゆうざん

1708-1787 江戸時代中期の儒者。
宝永5年生まれ。奥貫正清の子。武蔵(むさし)久下戸村(埼玉県川越市)の名主。成島錦江に師事し,徂徠(そらい)学をおさめ,村にかえり私塾をひらく。青木昆陽,中村蘭林らと交遊。寛保(かんぽう)2年の大水害の際窮民をたすけ,武蔵川越藩(埼玉県)藩主から賞された。天明7年11月10日死去。80歳。名は正卿。字(あざな)は伯雅。通称は五平次。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「奥貫友山」の意味・わかりやすい解説

奥貫友山
おくぬきゆうざん

[生]宝永5(1708)
[没]天明7(1787)
江戸時代中期の古学派の儒学者。豪農出身。成島錦江に学ぶ。経済実用の学を重んじ,寛保2 (1742) 年の大水に難民を救った。

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