成島錦江(読み)なるしま きんこう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「成島錦江」の解説

成島錦江 なるしま-きんこう

1689-1760 江戸時代中期の儒者
元禄(げんろく)2年1月15日生まれ。幕臣徂徠(そらい)学をまなび,詩や和歌にもすぐれた。奥儒者として徳川吉宗侍講をつとめ,御書物部屋をあずかった。宝暦10年9月19日死去。72歳。陸奥(むつ)白河(福島県)出身。本姓は平井。名は信遍(のぶゆき),鳳卿。字(あざな)は帰徳,子陽。通称は道筑。別号に芙蓉道人。著作に「飛鳥山(あすかやま)碑文」「絶句解比肩」など。

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367日誕生日大事典 「成島錦江」の解説

成島錦江 (なるしまきんこう)

生年月日:1689年1月15日
江戸時代中期の歌人;儒学者;詩人
1760年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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