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嬉野次郎左衛門 うれしの じろうざえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

嬉野次郎左衛門 うれしの-じろうざえもん

?-1725 江戸時代中期の商人。
肥前有田(佐賀県)の陶磁器商富村勘右衛門の手代。主人の計画で平戸の商人とはかり,有田焼インドに密輸出。のち捕らえられ,享保(きょうほう)10年11月18日処刑されたとされる。一説によれば,朝鮮人参の密貿易で刑死したという。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

嬉野次郎左衛門

没年:享保10.11.18(1725.12.22)
生年:貞享3頃(1686)
江戸中期の貿易商。肥前国有田皿山赤絵町(佐賀県有田町)町人。鹿島藩犬塚家より有田の有力商人富村勘右衛門(4代)の番頭養子となる。『肥前陶磁史考』によれば,勘右衛門を中心に平戸の今津屋長右衛門らと有田焼のインド密輸出を共謀。そのため逮捕処刑されたという。しかし,長崎奉行所裁判記録『犯科帳』によれば,享保10(1725)年4月,朝鮮国へ人参密売買のため密航途中,対馬国内院浦へ漂着。同地で逮捕され長崎へ送還された。そして,同年11月18日,今津屋と共に事件主犯者として処刑されたという。同事件に関連したとされる勘右衛門の切腹とともに,次郎左衛門らの有田焼インド密輸出も再考を要する問題である。墓碑は有田町桂雲寺。

(岩崎義則)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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