守屋庸庵(読み)もりや ようあん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「守屋庸庵」の解説

守屋庸庵 もりや-ようあん

1831-1909 幕末-明治時代の蘭方医
天保(てんぽう)2年7月8日生まれ。弘化(こうか)4年大坂にでて緒方洪庵適塾でまなび,郷里備中(びっちゅう)(岡山県)にかえって足守除痘館主任として種痘をおこなう。のち紀伊(きい)平山(和歌山県)の春林軒塾で外科軟膏(なんこう)製造術をおさめた。明治42年10月21日死去。79歳。本姓石原。字(あざな)は惟通。通称は朴平。号は如竹。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む