安芸郡郡奉行所跡(読み)あきぐんこおりぶぎようしよあと

日本歴史地名大系 「安芸郡郡奉行所跡」の解説

安芸郡郡奉行所跡
あきぐんこおりぶぎようしよあと

[現在地名]田野町 岡地

奈半利なはり川西方の台地上、現中芸高等学校の地に嘉永六年(一八五三)に設置され、郡下の郷浦の支配を預かった。

東西八〇間、南北六〇間の敷地に役所のみならず武術場・学館・獄舎・属吏宿舎・銃器庫・鍛冶場などの建物が配され、中央広場を調練場とした。郡奉行には馬廻格の上士が任命され、その下に用人級の武士と足軽がいて勘定方・蔵方・山方・船方・作事方・普請方などの実務を分担、あるいは目付横目として地下役人の監督や郡内取締にあたった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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