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中岡慎太郎 なかおかしんたろう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中岡慎太郎
なかおかしんたろう

[生]天保9(1838).4. 土佐
[没]慶応3(1867).11.17. 京都
幕末の尊攘派志士。土佐藩郷士中岡小伝次の子。文久1 (1861) 年武市瑞山の編成した土佐勤王党に入り,翌 2年10月五十人組を組織して藩主を護衛し,上京して尊王運動に奔走したが,藩論が公武合体に傾くと脱藩して長州に走り,以後,長州藩で活動。

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デジタル大辞泉の解説

なかおか‐しんたろう〔なかをかシンタラウ〕【中岡慎太郎】

[1838~1867]幕末の志士。土佐の人。土佐藩を脱藩して尊攘派浪士の指導者となり、薩長両藩の提携を画策。陸援隊を組織し、討幕運動に奔走したが、坂本竜馬とともに京都で幕府の刺客に暗殺された。

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百科事典マイペディアの解説

中岡慎太郎【なかおかしんたろう】

幕末土佐(とさ)高知藩の尊攘派志士。名は道正(みちまさ)。武市瑞山の土佐勤王党に参加。勤王党弾圧後は脱藩して討幕運動に奔走。坂本竜馬とともに薩長同盟の実現に努力。
→関連項目薩土盟約

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中岡慎太郎 なかおか-しんたろう

1838-1867 幕末の尊攘(そんじょう)運動家。
天保(てんぽう)9年4月13日土佐(高知県)安芸(あき)郡柏木村の庄屋の家に生まれる。文久元年土佐勤王党にくわわる。3年脱藩し,坂本竜馬(りょうま)らと薩長同盟を成立させた。慶応3年陸援隊を組織。同年11月15日京都で竜馬とともに幕府見廻組におそわれ,17日死去。30歳。名は道正。号は迂山。変名に石川清之助など。
【格言など】天下の大事はひとえに岩倉公が負荷せられんことを願うのみ(最期の言葉)

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朝日日本歴史人物事典の解説

中岡慎太郎

没年:慶応3.11.17(1867.12.12)
生年:天保9.4.13(1838.5.6)
幕末の尊攘・討幕派の志士,土佐(高知)藩郷士。大庄屋中岡小伝次の子,母は初。安政2(1855)年武市瑞山の道場に入門し坂本竜馬を知り,また間崎滄浪に経史を学ぶ。同4年,大庄屋見習となり結婚。文久1(1861)年土佐勤王党の血盟文に署名。翌年10月五十人組結成に参加,江戸に赴き山内豊信の警護に当たった。翌3年4月帰郷,藩庁による尊攘派の弾圧が始まり脱藩,長州に入り,三条実美らの護衛に当たる。翌元治1(1864)年6月上洛,長州軍の一員として禁門の変に参加。その後長州藩に逃れ忠勇隊の隊長となる。同隊は脱藩浪士を構成員とする長州藩諸隊のひとつ。以来,下関,大坂,京,太宰府,長崎,鹿児島と歩き,この間,竜馬と共に薩長の和解工作に尽力する。慶応1(1865)年冬『時勢論』を土佐の同志に送り,こう予言した。「自今以後,天下を興さん者は必ず薩長両藩なるべし。……天下近日の内に二藩の命に従ふこと鏡に掛けて見るが如し」。同3年2月,脱藩の罪を許され,土佐藩より陸援隊隊長に任命される。竜馬の海援隊に対しての陸援隊である。5月21日,板垣退助西郷隆盛に引き合わせ,談は武力討幕におよんだ。6月22日,薩土盟約締結に立ち合う。京白河で討幕の日に備えていた同年11月15日,刺客に襲われ負傷,17日に絶命した。年30歳。

(井上勲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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防府市歴史用語集の解説

中岡慎太郎

土佐藩出身の志士で、長州藩へのがれて三条実美[さんじょうさねとみ]ら七卿を三田尻御茶屋[みたじりおちゃや]に何度か訪ね、諸隊のひとつ忠勇隊[ちゅうゆうたい]の一員ともなりました。薩長同盟[さっちょうどうめい]に力を尽くしましたが、大政奉還[たいせいほうかん]の直後、坂本龍馬[さかもとりょうま]とともに京都で暗殺されました。

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世界大百科事典 第2版の解説

なかおかしんたろう【中岡慎太郎】

1838‐67(天保9‐慶応3)
幕末の尊攘派志士。道正と名のり,大山彦太郎,石川清之助などの変名をもつ。土佐国安芸郡北川郷大庄屋の中岡小伝次の長男。1857年(安政4)より大庄屋見習として村政にかかわるが,間崎滄浪から文を,武市瑞山から剣を学んだことから,61年(文久1)土佐勤王党結成に参加し,瑞山の〈正系〉を継承すると評価される。勤王党弾圧後は脱藩して長州に走った。しかし長州尊攘派の敗北と再起を目のあたりにして単純な尊攘主義を克服し,富国強兵と武力討幕のための薩長同盟を構想して,坂本竜馬とともに奔走した。

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大辞林 第三版の解説

なかおかしんたろう【中岡慎太郎】

1838~1867) 討幕の志士。土佐の人。名は道正。号、迂山。武市瑞山たけちずいざんのもとで土佐勤王党に加盟。脱藩後、坂本竜馬と薩長同盟締結に奔走、陸援隊を組織して、討幕戦に備えたが、京都近江屋で坂本とともに暗殺された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中岡慎太郎
なかおかしんたろう
(1838―1867)

幕末の討幕派志士。土佐国安芸(あき)郡北川郷(高知県北川村)の大庄屋(おおじょうや)小伝次(こでんじ)の長男。名は道正、初め光次と称し、のち慎太郎と改めた。学問を間崎滄浪(まさきそうろう)に、剣を武市瑞山(たけちずいざん)に学び、国事に目覚める。1857年(安政4)大庄屋見習となり父を助ける。1861年(文久1)武市瑞山らが土佐勤王党を結成するやただちに加盟、翌年には同志50人と京都、江戸に出て尊攘(そんじょう)運動に参加、1863年帰郷。同年八月十八日の政変後、藩の勤王党弾圧が激化したため脱藩して周防(すおう)三田尻(みたじり)に赴き、以後長州藩をバックに活動。1864年(元治1)の蛤御門(はまぐりごもん)の変では忠勇隊とともに戦い、負傷して長州に退く。のち三条実美(さんじょうさねとみ)の周辺にあって、薩長(さっちょう)同盟を画策し、1866年(慶応2)に坂本龍馬(さかもとりょうま)の協力でこれに成功。翌1867年、土佐藩より脱藩を赦(ゆる)され、薩摩(さつま)の西郷隆盛(さいごうたかもり)らとの間に薩土討幕の密約を結ぶ。土佐藩の遊軍として龍馬は海援隊、慎太郎は在京の浪士を集めて7月京都に陸援隊を組織し、武力討幕の一翼とした。幕府大政奉還後の同年11月15日夜、京都河原町の下宿近江屋(おうみや)に龍馬を訪れて会談中、幕府見廻組(みまわりぐみ)に襲われてともに斬(き)られ、17日絶命。[関田英里]
『平尾道雄著『陸援隊始末記』(中公文庫)』

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世界大百科事典内の中岡慎太郎の言及

【陸援隊】より

…1867年(慶応3)京都で土佐藩の中岡慎太郎によって編成された討幕組織。中岡慎太郎が坂本竜馬とともに脱藩の罪を許されたのは67年2月で,土佐藩は4月に竜馬を海援隊長に任ずるとともに,慎太郎を陸援隊長とし在京官に属せしめるとした。…

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