コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

安藤凉宇 あんどう りょうう

2件 の用語解説(安藤凉宇の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安藤凉宇 あんどう-りょうう

1735-1808* 江戸時代中期-後期の華道家。
享保(きょうほう)20年生まれ。春木三応(さんおう)にまなぶ。晩年江戸本郷の湯島天神下に居をかまえ,門人に教授。今井宗普(そうふ)の跡をついで古流2代をとなえる。華道家元の江戸入りのはじめという。文化4年12月26日死去。73歳。丹波篠山(ささやま)(兵庫県)出身。初号は宜松斎,のち松応斎。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

安藤凉宇
あんどうりょうう
(1734―1807)

江戸時代後期の花道家。丹波篠山(たんばささやま)(兵庫県)の人で、いけ花流派古流の創始者とされる今井一志軒宗普(いっしけんそうふ)の跡を継いで松応斎と号し、江戸本郷の湯島天神女坂下に居を構え古流2代を唱えたと伝えられる。『挿花濫觴記(いけばならんしょうき)』によれば、遠州流の祖、春秋軒一葉(しゅんじゅうけんいちよう)の門下で、のちに古流を名のったと伝えている。作品および著書も残らず、作風や花論については不明であるが、文献上実在の人物であることは確かで、藤野三楽と関本理遊が世話人となって建てた墓が、台東区蔵前(くらまえ)の浄念寺に残っている。[北條明直]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

安藤凉宇の関連キーワード維明上野家文小野庸山竹村鷺庵津田外記細井錦城水村不言三縄桂林森陽信廉山

今日のキーワード

アレルギー

語源はギリシャ語。「変わった(変えられた)働き」です。関係しているのは、人間の免疫システム。免疫は本来、人の体を守る仕組みですが、ときに過剰反応し、不快な症状を引き起こすことがあります。それがアレルギ...

続きを読む

コトバンク for iPhone