安藤輝三(読み)アンドウ テルゾウ

20世紀日本人名事典 「安藤輝三」の解説

安藤 輝三
アンドウ テルゾウ

昭和期の陸軍大尉 2.26事件の首謀者



生年
明治38(1905)年2月25日

没年
昭和11(1936)年7月12日

出生地
岐阜県揖斐町

学歴〔年〕
陸士〔大正15年〕卒

経歴
歩兵少尉から歩兵第3連隊勤務、昭和9年大尉、10年第3連隊第6中隊長。6年ごろから皇道派青年将校のリーダーとなり、農村窮乏心痛、国家革新運動に共鳴。11年の2.26事件では直前まで慎重だったが、決行後は首謀者として部隊指揮、当日は150人を率いて鈴木貫太郎侍従長邸を襲撃重傷を負わせ、夫人要請でとどめは刺さなかった。軍法会議で死刑となり、7月12日銃殺された。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「安藤輝三」の解説

安藤輝三 あんどう-てるぞう

1905-1936 昭和時代前期の軍人
明治38年2月25日生まれ。歩兵第三連隊付となり,昭和9年陸軍大尉,10年第三連隊第六中隊長。皇道派青年将校の中心的人物で,11年の二・二六事件では首謀者のひとりとして部隊をひきいて侍従長鈴木貫太郎を襲撃。同年7月12日処刑された。32歳。石川県出身。陸軍士官学校卒。
格言など】尊皇義軍やぶれて寂し春の雨(辞世)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「安藤輝三」の解説

安藤 輝三 (あんどう てるぞう)

生年月日:1905年2月25日
昭和時代の陸軍軍人。大尉
1936年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android