宗正寺(読み)そうしゆうじ

日本歴史地名大系 「宗正寺」の解説

宗正寺
そうしゆうじ

[現在地名]マキノ町海津

海津かいづ天神社の北東約三〇〇メートルにあり、弓光山と号し、真言宗智山派。本尊十一面観音。草創はつまびらかでないが、聖武天皇の代に泰澄が開基し、文安三年(一四四六)明行の中興という。また一説には往古この地に比丘尼御所があり、尼御所の願により一宇を建立し、観音菩薩を安置したと伝える。本堂の左に海津長門守政元夫妻の墓とされるものがあり、政元室は浅井亮政の娘で、のち当寺に入り尼となり、天正五年(一五七七)没したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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