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浅井亮政 あさいすけまさ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

浅井亮政
あさいすけまさ

[生]?
[没]天文11(1542).1.6. 近江
戦国大名,守護。京極氏の被官。近江北半を領有した小谷城主浅井氏 3代の基を築く。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

浅井亮政 あさい-すけまさ

?-1542 戦国時代の武将。
浅井長政の祖父。京極高清につかえ,跡継ぎをめぐる内紛のなかで勢力を拡大し,近江(おうみ)(滋賀県)小谷(おだに)城を居城として北近江の実権をにぎる。以後,南近江の六角定頼にしばしば侵攻されたがのち和睦(わぼく)。越前(えちぜん)(福井県)の朝倉氏とは良好な関係をたもった。天文(てんぶん)11年1月6日死去。通称は新三郎。姓は「あざい」ともよむ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

浅井亮政

没年:天文11.1.6(1542.1.21)
生年:生年不詳
北近江(滋賀県)の戦国大名。直種の子。惣領直政の娘蔵屋と結婚して宗家を継ぐ。通称新三郎。備前守。大永3(1523)年主家京極氏に高清の後嗣を巡って紛争が起きると,他の家臣と共に高清の長子高延を支持して次男高慶を推す高清を追放する。しかし高延派の盟主浅見貞則が力を伸ばしてくるとこれを倒して高清と和し,高清・高延父子を拠城小谷城(湖北町)に迎えた。同5年,浅井氏の台頭を警戒する南近江の六角氏に攻められ一時越前(福井県)に走るが,翌年には帰国を果たした。以後もしばしば六角氏の攻撃を受けたが,越前朝倉氏の支援を仰ぎながらしのぎ,天文3(1534)年には高清・高延父子を小谷城下の居館に招いて大がかりな饗応を挙行している(『天文三年浅井備前守宿所饗応記』)。これにより亮政は,浅井氏が大名権力として成長したことを内外に示し,いわゆる「浅井三代」の基礎を築いた。墓は徳勝寺(長浜市)にある。

(河村昭一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

あさいすけまさ【浅井亮政】

?‐1542(天文11)
戦国時代の大名。通称新三郎,備前守と称す。同族直政の養子となり惣領家を継ぐ。守護京極氏の根本被官であったが,1523年(大永3)の京極氏の継嗣問題を端緒とする内乱の中でしだいに実権を掌握し,ついに主家,他の国人領主を圧倒し江北の主として小谷(おだに)城に拠った。25年以後3回の六角氏の侵攻にはいずれも敗北しているが,朝倉氏との関係は良好であった。法名救外宗護。【細溝 典彦】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

浅井亮政
あざいすけまさ
(?―1542)

北近江の戦国大名。浅井直種(ただたね)の子で、惣領家直政の娘蔵屋(くらや)と結婚して惣領家を継いだ。備前守を称す。1523年(大永3)に起こった主家京極氏の家督争いを契機に、北近江の国人たちと国人一揆(こくじんいっき)を結び、次第に主家を圧倒し、戦国大名に成長した。小谷(おだに)城を本拠とし、南近江の六角氏と戦い、越前の朝倉氏の援助を得て戦国大名浅井氏の基礎を築いた。1542年(天文11)没。墓は滋賀県長浜市の徳勝寺。[小和田哲男]
『小和田哲男著『近江浅井氏の研究』(2005・清文堂出版)』

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世界大百科事典内の浅井亮政の言及

【近江国】より

…北近江の京極氏にも内紛が続き,その中から被官の浅井氏が台頭した。すなわち浅井亮政は勢力を拡大して国人を組織し,六角氏と争い,越前の朝倉氏と結び,ついに京極氏から自立して北近江を統一した。その孫長政は六角氏の内紛に乗じて勢力を拡大し,織田信長と結び,信長上洛の際は先鋒として観音寺城に六角氏を破り,近江の大半を領した。…

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