宝泰寺(読み)ほうたいじ

日本歴史地名大系 「宝泰寺」の解説

宝泰寺
ほうたいじ

[現在地名]静岡市伝馬町

JR静岡駅の北方にある臨済宗妙心寺派寺院。金剛山と号し、本尊釈迦如来。寺伝によれば、往古七堂伽藍を有する真言宗寺院であったが、のち荒廃し、南北朝時代に無文元選によって再興され、臨済宗に改宗したという(駿河記)永禄(一五五八―七〇)末年の武田信玄による駿府攻略の際に灰燼に帰したが、雪峰が中興の祖となって再興(同書など)。元亀三年(一五七二)五月一四日、武田信玄が寺領および諸役免除を安堵し、丸子まりこのうちの米方三六俵を寄進した(「武田信玄判物」宝泰寺文書)。慶長七年(一六〇二)一二月、有渡うど南安藤みなみあんどう(南安東)のうちで寺領五〇石を寄進され(「徳川家康朱印状写」同文書)、南安東村の寺領五〇石は変化なく幕末に至る(旧高旧領取調帳など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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