コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

宮体詩 きゅうたいし gōng tǐ shī

2件 の用語解説(宮体詩の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

きゅうたいし【宮体詩 gōng tǐ shī】

中国,六朝・梁の簡文帝蕭綱(しようこう)が皇太子であったとき,東宮に集まった文人たちとともに作った新体の詩で,当時さかんであった詠物の詩風と,江南の民歌の影響を受けている。空閨の怨みから,その姿態や調度品に至るまで,すべて女性をテーマとし,艶麗な表現を用いて詠まれており,艶体とも呼ばれて世に広まった。その詩を集めたものに,東宮文学集団の一人である徐陵の《玉台新詠》10巻がある。【森野 繁夫】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宮体詩
きゅうたいし

中国、六朝(りくちょう)時代、宮女の艶情(えんじょう)を中心にした、繊細で技巧的な詩のスタイルをいう。六朝時代の詩は貴族のサロンを中心に発展し、5、6世紀になると修辞が洗練され、沈約(しんやく)(441―513)の四声八病(しせいはっぺい)説が現れて音律も整えられた。これを受けて梁(りょう)代後半に簡文帝(かんぶんてい)(503―551)の宮廷において宮体詩が流行し、精緻(せいち)で艶麗(えんれい)な表現を競い、官能的で退廃的な作品を多くつくりだした。舞い姿、琴の音、恨み嘆くさまなどにさまざまな女性の美が発見され、ここに貴族文学の一つの方向が極められたといえる。「夕殿珠簾(せきでんしゅれん)を下ろす/流蛍(りゅうけい)飛んで復息(またいこ)う/長夜羅衣(らい)を縫(ぬ)う/君を思って此(ここ)に何ぞ極まらん」(「玉階怨(ぎょくかいえん)」)。
 簡文帝のもとで徐陵(じょりょう)(507―583)が編集した『玉台新詠(ぎょくだいしんえい)』10巻には宮体詩の代表作が集められている。[市川桃子]
『鈴木虎雄訳『玉台新詠集 上』(岩波文庫)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

宮体詩の関連キーワード桓温玉台新詠孝文帝詩品昭明太子書簡文文帝六朝使用痕道興(1)

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone