寄居白山新田村(読み)よりいはくさんしんでんむら

日本歴史地名大系 「寄居白山新田村」の解説

寄居白山新田村
よりいはくさんしんでんむら

[現在地名]新潟市西堀通(にしぼりどおり)一―四番町・学校町通(がつこうちようどおり)・学校裏(がつこううら)町・医学町通(いがくちようどおり)・東中通(ひがしなかどおり)・寺裏通(てらうらどおり)・旭町通(あさひまちどおり)・下旭(しもあさひ)町・西中(にしなか)町・南横堀(みなみよこぼり)町・営所通(えいしよどおり)・寄居(よりい)町・西大畑(にしおおはた)町・東大畑通(ひがしおおばたどおり)・南大畑(みなみおおはた)町・中大畑(なかおおはた)町・北大畑(きたおおはた)町・南浜通(みなみはまどおり)・北浜通(きたはまどおり)・田中(たなか)町・二葉(ふたば)町・水道(すいどう)町

新潟町の西に位置する。元来寄居村と称し、天正期(一五七三―九二)以前に信濃川河中の白山島と寄居島に成立したといわれ、近世には新潟浜村(新潟町)とともに長岡藩領となる。信濃川左岸汀線の東漸や河口への流砂の堆積などで、寄居・白山両島は地続きとなるが、新潟町の発展に伴う屋敷替えで、明暦元年(一六五五)「古新潟跡」「寺裏古川跡」などへ移転させられ、ほぼ新潟寺町(てらまち)通(現西堀通)以西の砂丘地と信濃川旧河道の名残とされる低湿地の一部が新たに宛行われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報