寄近村(読み)よりちかむら

日本歴史地名大系 「寄近村」の解説

寄近村
よりちかむら

[現在地名]西尾市寄近町

市の東に位置し、矢作古(やはぎふる)川の右岸の沖積地に開けた集落よりなる。北は徳次(とくつぎ)村に接し、東は矢作古川をもって高河原(たかがはら)村と境し、南は小焼野(こやけの)村、西は丁田(ちようだ)村に接する。村名の由来について「昔時、矢作川本流に寄り沿い、且つ、河口の近くに位せるを以って、かく名づけしものならんか」という(西尾町史)。

元文元年(一七三六)の高一二四石六斗九升四合、うち新田畑八石八斗七升七合、本田の免五・四、小物成に柳運上・茶代がある。


寄近村
よりちかむら

[現在地名]東栄町本郷(ほんごう)

大千瀬(おおちせ)川流域の村。本郷六名の一。明治四年(一八七一)の書上帳(佐々木茂八氏蔵)の表題に「三河国設楽郡寄近村・別所村・三ツ瀬村・奈根村・中設楽村・西薗目村・六名本郷神社書上帳 寄近村」とあり、この六名について、「但本郷と称候所一耕地七ケ村合作一ケ村人別無之故ニ六名と云 延宝中御検地御出役鳥山牛之助・鈴木八右衛門御図帳七ケ村ニ所持仕候」と記しているので、一耕地を六ヵ村で入り会っていたことが知られ、かつ延宝年中(一六七三―八一)には鳥山牛之助・鈴木八右衛門の検地を受けて、各村に水帳がつくられたことも伝えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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