寺島文夫(読み)テラシマ フミオ

20世紀日本人名事典 「寺島文夫」の解説

寺島 文夫
テラシマ フミオ

昭和期の出版人 文理書院創業者。 「人生手帖」創刊者。



生年
明治43(1910)年1月15日

没年
昭和50(1975)年6月25日

出生地
新潟県

本名
寺島 徳治

経歴
上京して夜学に通いながら文学などを独学。昭和3年3.15事件で検挙され懲役1年半、執行猶予3年の判決を受けた。10年ごろから千倉書房の編集、出版に従事、編集長になったが郷里疎開。敗戦直後上京し、高山書院の嘱託になり、「二宮尊徳生涯思想」を書き、21年創立の文理書院から出版。社長として文理書院を整備、「青年の思想と生き方」「人生の理想と現実」「人生の矛盾と真実」などを書き出版した。26年働く青年の全国的サークル活動の場として緑の会を創立、機関誌「人生手帖」を翌年創刊、啓蒙活動を続けた。のち「健康ファミリー」と改題

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「寺島文夫」の解説

寺島文夫 てらしま-ふみお

1910-1975 昭和時代の出版人。
明治43年1月15日生まれ。小学校卒業後,はたらきながら社会思想,哲学などを独学でまなぶ。昭和10年ごろから千倉書房につとめ,21年文理書院を創立。26年はたらく青年のサークル「緑の会」を結成,翌年機関誌「人生手帖」を創刊した。昭和50年6月25日死去。65歳。新潟県出身。本名は徳治。著作に「二宮尊徳―その生涯と思想」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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